儒教の街・安東は、実は「高麗建国の聖地」だった。安東(アンドン)といえば、李氏朝鮮時代の儒教文化や両班(ヤンバン)の故郷として有名です。しかし、この街の歴史を深く掘り下げると、もう一つの顔が見えてきます。
それは、「高麗という国を誕生させ、そして滅亡の危機から救い出した守護の街」という顔です。ドラマ『太祖王建』から『麗』、そして『シンイ』や『奇皇后』まで。高麗の475年を支え続けた安東の「もう一つのストーリー」を巡ってみましょう。
安東へのアクセス
ソウル(清涼里駅)から: KTXで約2時間。
慶州・釜山から: 高速バスや列車で移動可能。歴史のレイヤーを順番に巡る旅のルートに最適です。
【高麗誕生の立役者】太師廟(テサミョ)
ワンゴンの天下取りを支えた「三人の英雄」を祀る
安東の市街地にひっそりと佇む、歴史の重要スポットです。
歴史背景: 930年、ワンゴン(王建)軍が後百済軍と戦った「古昌の戦い」。この時、ワンゴンに味方して勝利を決定づけた3人の地元の有力者たちがここに祀られています。
ここが聖地!: ドラマ『太祖王建』のクライマックス。アウェイだったこの地でワンゴンが「安東(東方を安らげる)」という名を贈るほど喜んだ、大逆転の現場です。
【高麗末期の避難所】映湖楼(ヨンホル)
恭愍王が再起を誓った、南漢江を望む楼閣
歴史背景: 高麗末期、モンゴル(元)の侵攻から逃れた恭愍王(コンミンワン)が安東に滞在した際に立ち寄りました。
ここが聖地!: 『シンイ-信義-』や『大風水』の時代の王が、安東の人々の温かい保護に支えられながら、国の再建を夢見た場所。建物に掲げられた「映湖楼」の文字は、王自らが書いたと伝えられています。
【安東の象徴】河回村(ハフェマウル)
李氏朝鮮の街並みの底に流れる、高麗の精神
歴史背景: 主に李氏朝鮮時代の建築が残りますが、安東の精神的土台は高麗時代の功労者たちによって築かれました。
ここが聖地!: 時代が変わっても、安東の人々が守り抜いた「誇り」の結晶。ここで演じられる「仮面劇」のルーツもまた、高麗時代まで遡ると言われています。
安東・歴史のハマりポイント
安東を歩く時は、今の「儒教の街」というレイヤーの下に、「王を助け、国を創った人々」のレイヤーを重ねてみてください。
「恩義」の街: 王建も、その400年後の恭愍王も、困った時に助けてくれたのは安東の人々でした。だからこそ、この街は「特別な地位」を保ち続けてきたのです。
今回ご紹介した聖地をGoogleマイマップにまとめました。
