仏国記|仏教巡礼僧が見たインド・セイロン・ベンガル湾航路

『仏国記』は、中国僧・法顕が西暦399〜414年ごろにおこなった巡礼の行程を、自らの目で見た仏教世界として記した短い旅行記である。長安から中央アジアを経てインド各地・セイロン島に至り、ベンガル湾と東南アジア沖を船で渡って中国に帰るまでの道のりを、戒律・僧院・遺跡・信仰実践を中心に描き出す、5世紀初頭のインド・セイロン・ベンガル湾航路を知る最古級の一次史料の一つ。

基本情報

対象年代西暦399〜414年ごろの、中国長安〜中央アジア〜インド(ガンジス流域・中インドなど)〜セイロン島〜東南アジア沖(ジャワ島付近)〜中国本土に至る巡礼ルートと、その沿線の仏教国・都市・僧院・航路の様子を扱う。
成立時期成立は法顕の帰国後まもない5世紀前半と考えられ、東晋末〜劉宋初(おおよそ414〜420年ごろ)に中国(長安ないしその周辺)で書き上げられたと推定される。
編者中国の仏教僧・法顕(Faxian, ca.337–ca.422)。東晋時代に生まれ、60歳を過ぎてから仏教戒律(律蔵)の完全なテキストを求めて長安を出発し、約15年にわたって中央アジア・インド・セイロンを巡礼したのち、海路で帰国した。

体裁・構成

巡礼記・旅行記体長安出発から中央アジア・インド・セイロン・東南アジア沖を経て中国帰国までを、道順に沿った短章の連なりとして記す。各章ごとに「◯◯国/◯◯城」の仏教状況・僧院・遺跡・戒律の有無などが簡潔に描写される。
仏教実務中心の記録旅行ガイドというより、戒律と僧院生活を確認するためのフィールドノートに近い。
文体・分量文語漢文による比較的短いテキストで、伝本によっては1巻・2巻などと数えられる。西洋語訳は多くが「A Record of (Buddhistic) Kingdoms」などの題で出版され、19世紀以降の仏教研究・歴史地理研究で広く参照された。

主な注釈

  • James Legge 訳『A Record of Buddhistic Kingdoms』(1886):ギリシア・ラテン古典風の序論と詳細な注を付した最初期の英訳のひとつ。インド・セイロン・中央アジアの地名比定や仏教用語の同定が、今も基本的な参照点として使われる。
  • Max Deeg, Das Gaoseng-Faxian-Zhuan als religionsgeschichtliche Quelle (2005):ドイツ語訳と詳細な注解を備え、法顕伝を「宗教史資料」として読み直す研究書。仏国記と後代研究史の位置づけを整理し、他の巡礼記(玄奘『大唐西域記』など)との比較のうえで強みと限界を論じている。

よくある誤解と注意

  • 仏国記を読めば、仏陀時代〜古代インド全体の姿がそのまま分かる
    → 正しくは、法顕が見ているのは5世紀初頭の限られた地域と仏教世界であり、しかも中国僧としての関心(戒律・僧院)が強く反映されている。同じ地点でも、2世紀後の玄奘『大唐西域記』とは状況が変わっている例も多く、「時代差」「視点の違い」を前提に他資料と付き合わせて使う必要がある。
  • 仏国記は“インド洋全体”の海上交通を網羅する
    → 正しくは、海路の描写はベンガル湾沿岸〜セイロン〜東南アジア沖〜中国本土の往路・復路に限られ、アラビア海・紅海・ペルシア湾などは対象外である。ガンジス流域〜ベンガル湾〜セイロンの“内海ルート”と、そこに付随する仏教僧院ネットワークの復元には非常に有効だが、「インド洋世界全体」の一般像として使うと範囲を誇張しやすい点に注意。

参考資料