流通はどこから芽生えた?(日本海縁の黒曜石)

ー 縄文のはじまり(G4)|黒曜石ネットワークの萌芽 ー

氷期末〜完新世初頭(約1.6万〜0.9万年前)、日本海の沿岸・海峡・島々を結ぶ黒曜石の広域流通が立ち上がる。起点は白滝(北海道)と隠岐島後が主軸で、石材は礼文島などの島嶼や越後沿岸へ運ばれた。移送は海進前夜の内湾・海峡を活かした沿岸航走と島ノードでの中継が基本で、元素組成による原産地同定(XRFなど)と遺跡の層位・年代がその実在を裏づける。広がりの背景には、移動・交換・贈与に加え、高品質でメンテしやすい石器材としての価値があった。

本論

1)証拠:原産地同定(XRF等)で見える「つながり」

黒曜石は産地ごとに微量元素の比が異なるため、蛍光X線(XRF)などで分析すると 出土品の来し方が分かる。研究は北海道の白滝を中心に進み、 礼文島の遺跡群から見つかった黒曜石が白滝起源を示す事例が報告されている。西日本では 隠岐島後の黒曜石が山陰〜越後・四国へ流れていたことが地学・考古の両面から示される。

2)ルートの条件:日本海縁の「沿岸・海峡・島」

海面上昇が進む前後の海進の前夜には、内湾・海峡が連なる日本海縁で 沿岸航走(岸沿い移動)と島嶼ノード(礼文・隠岐など)が節点として働く。 移動の安全性・見通し・補給点の確保が、原産地→受容地の分節的な流れを可能にした。

3)事例:白滝→礼文/隠岐→山陰→越後

  • 白滝→礼文島:北海道北部の白滝黒曜石源(工房群;奥白滝1遺跡を含む)から、宗谷海峡沿いに礼文島へ搬入されたとみられる。
  • 隠岐→山陰→越後:隠岐島後の黒曜石は山陰沿岸を北上し、時期によっては越後沿岸にも届く分布が示される。

4)ネットワークの性格:経済だけでなく「関係づくり」も

黒曜石の移動は、実用品の確保(刃物素材)に加えて、贈与・互酬などの社会関係を強める役割も考えられる。 ただし具体的な交換様式は地域差が大きく、現段階では仮説レベルである。

このセクションの個別ノート

対応マップ

このセクションのピンは #FEEB4Fです

初期表示レイヤー:01, 03, 04, 05, 10 / 版:v202501004

根拠と限界

  • 根拠:黒曜石の地球化学的原産地同定(XRF等)、遺跡の層位・放射性炭素年代、地形・航走の合理性。
  • 限界:搬入経路は概略線で、季節・風向・波浪などの実運行は不明。遺跡間の再堆積・混入も評価課題

確度 A/B/C

※このサイトでは、資料の信頼度(A / B / C)を簡単なラベルで示します。
詳しくは 凡例:、資料の信頼度(A / B / C)へ →

  • A 公的・一次級で直接確認(一次が複数一致でもA)
  • B 複数一次情報からの強い推定(反論や未確定部分あり)
  • C 仮説寄り(一次が乏しい/矛盾/作業仮説段階)
  • A:白滝・隠岐など原産地→受容地の対応(分析一次データの積み上げ)。
  • B:日本海縁での沿岸航走+島ノードによる分節移動(複数研究の整合)。
  • C:交換の社会的様式(贈与・互酬・儀礼)の実像と比重は仮説段階。

参考資料

  1. Yakushige, M. (2014). Shirataki obsidian exploitation and circulation in prehistoric northern Japan. Journal of Lithic Studies.
  2. Oki Islands UNESCO Global Geopark. Lifestyles and Traditions: Oki obsidian trade(隠岐産が山陰〜越後・四国へ)。
  3. Lynch, S.C., Katō, H., Weber, A. (2016). Obsidian resource use on Rebun Island.(礼文の受容と白滝起源の議論)
  4. Aikens, C.M. et al. (2009). The Millennial History of a Japan Sea Oikumene. Asian Perspectives.