ー 縄文のはじまり(G4)|最古級の土器 ー
氷期が終わりに近づくころ、日本列島に最古級の土器が登場します。 それまでの「焼く・あぶる」が中心の調理に対し、土器は水と火で“煮る”ことを可能にしました。 魚介や木の実などの食材をゆっくり煮出すことで、栄養の取りやすさや食の幅が大きく広がります。 この「煮る文化」の始まりは、のちの縄文社会を支える生活技術の基礎になりました。
日本の草創期土器は世界の最古グループに入り、「海進の前夜」×沿岸・河川資源という環境で“煮る文化”が立ち上がった点が国際比較上の個性です。
30秒要点
- 最古級の土器は氷期末(約1.6万〜1.0万年前)に登場。列島各地でシンプルな深鉢が出現。
- 土器の要は「水と火」を同時に扱えること。脂やゼラチンを煮出し、消化・保存性を高めた。
- 表面は素地(無文)〜簡素な痕。いわゆる「縄目」はのちの段階で一般化。
- 焼成は露天(野焼き)中心でおよそ500–700℃。胎土に砂などを混ぜて割れを抑制。
- 魚介加工の痕跡(脂質残留分析)から、沿岸・河川資源のフル活用が見えてくる。
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縄文のはじまり(G4)|最古級の土器(煮る文化)
本論
1)かたちと作り:深鉢・丸底・野焼き
草創期の土器は、深鉢(深鉢形)が基本で、底は炉の上で安定しやすい丸底〜やや尖り底。 表面は無文(文様なし)または簡素な押圧痕・指爪痕などで、のちの時代に普及する 縄文(縄目)はまだ一般化していません。成形は手びねり(輪積みなど)で、 胎土(粘土)には砂・貝殻・植物繊維などの混和材を加え、乾燥・焼成時の割れを抑えます。 焼成は露天での野焼きが中心で、500–700℃程度の比較的低温焼成でした。
2)何を“煮た”のか:魚介・木の実・ゼラチン
草創の土器は、水と火を安全に組み合わせる容器として革命的でした。 魚や貝、川魚などの水生資源を煮る・煮出すことで、脂やコラーゲンの摂取が容易になります。 また、堅果(ドングリなど)のアク抜き・軟化にも有効で、食材の季節的偏りを補う保存食づくりにもつながりました。 こうした調理は、消化のしやすさとカロリー効率を高め、定着的な暮らしを後押ししたと考えられます。
3)どこで生まれ、どう広がったか:沿岸と河川の生活圏
最古級土器は沿岸や大きな河川に近いキャンプで見つかることが多く、資源の豊かな場で 土器が日常の調理器として活用されたことを示します。 氷期末から海面が上がる直前の「海進の前夜」という環境条件は、河口・潟湖・内湾の資源を 活かす暮らしと相性がよく、土器の価値が最大化されました。
4)「縄文らしさ」への助走:文様化・道具化の進展
草創の段階では装飾は控えめですが、使用・製作の反復は、器形の標準化や表面処理の工夫を促し、 やがて縄文らしい文様の文化へと発展します。まずは道具としての機能性が先行し、 その後に地域ごとの個性(文様・器形差)が立ち上がっていく。
根拠と限界
- 根拠:遺跡の層位・炭素14年代、土器の器形・胎土観察、脂質残留分析(魚介由来成分など)。
- 限界:草創段階は出土点が限られ、年代幅にばらつきがある。用途は残留物の保存状態に左右され、すべての器が同じ目的とは限らない。
確度 A/B/C
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- A 公的・一次級で直接確認(一次が複数一致でもA)
- B 複数一次情報からの強い推定(反論や未確定部分あり)
- C 仮説寄り(一次が乏しい/矛盾/作業仮説段階)
- A:氷期末に最古級の土器が存在したこと/深鉢・丸底傾向/露天低温焼成。
- B:魚介や堅果の煮出し利用が広く行われたこと(脂質分析・使用痕の積み上げ)。
- C:「煮る文化」が集住・社会構造の変化をどの程度直接に促したか(影響の度合いは地域差・時期差あり)。
参考資料
- Craig, O. E., Saul, H., Lucquin, A., et al. (2013). Earliest evidence for the use of pottery (focus on Incipient Jōmon). Nature, 496(7445), 351–354. PubMed
- Lucquin, A., Robson, H. K., Eley, Y., et al. (2016). Ancient lipids document continuity in the use of early hunter-gatherer pottery through 9,000 years of Japanese prehistory. PNAS, 113(15), 3991–3996. DOI
- Kobayashi, T. (2004). Jomon Reflections: Forager Life and Culture in the Prehistoric Japanese Archipelago. Oxbow Books. Open Access