氏族とは?諏訪・出雲の「家」から考える

古代の「氏族(うじぞく)」は、ヤマト王権(古代の中央政権)を支えた血縁+職能の集団でした。飛鳥末〜奈良初に律令体制(大宝律令701/養老律令718)が整うと、実務の中心はしだいに家(いえ)へ移ります(平安期)。

その後、中世〜近世には苗字が家の識別子として定着し、明治1875年に全国民の苗字必称が義務化。さらに戦後(1947〜48)には憲法・民法改正で家制度や身分的特権が廃止され、近代以降は「氏族」を法的身分単位として扱う制度は存在しません

ただし、諏訪や出雲のように、社家(神職の家筋)として現在まで系譜が見える例はあります(例:諏訪の守矢家、出雲の千家・北島)。

結論(まずここだけ)

  • 古代の氏族=政治単位は、7~8世紀の律令整備で役割が縮小し、平安期以降は「家」中心に転換。
  • 現代に「氏族」という公的身分はない(近代以降は苗字・戸籍の社会。1947年に華族などの身分制度は廃止)。
  • ただし、社家(神職家)としての家筋は続く例があり、諏訪の守矢家や出雲の千家・北島のように、今も組織や史料・施設で継承が確認できる。

用語の整理(最短メモ)

氏(うじ)古代の血縁集団名(大伴氏・物部氏・中臣氏・藤原氏など)。
姓(かばね)氏への称号・序列。天武天皇が684年に「八色の姓」で再編(真人・朝臣・宿禰…)。
家(いえ)平安期以降に力を持つ実務・相続単位(同じ氏の中で○○家・家流に分化)。
苗字(名字)中世以降の名乗り。1875年に平民苗字必称義務で全国民が苗字を名乗る。
士族明治の武士系身分。1947年に華族等とともに法的身分制度として廃止(=氏族とは別物)。

ケーススタディ① 諏訪(諏訪大社)

「神長官・守矢家」と「大祝」

守矢(もりや)家は、諏訪大社上社の神長官を中世から明治まで務めた社家で、現在は「神長官守矢史料館」として古文書や祭祀具の保存・公開を行っています。すなわち、家筋と運営資源(史料・施設)が現在まで継承されています。

諏訪には、かつて最高神職で“現人神”とされた大祝(おおほうり)が存在しましたが、明治維新後の神祇制度改革で神官の世襲が廃され、大祝職も廃止されています。

ケーススタディ② 出雲(出雲大社)

「千家(せんげ)家」と「北島(きたじま)家」

中世以降、出雲の国造(こくそう)家は千家家と北島家に分かれ、両家が祭祀の家筋として伝わってきました。近代の制度改正で出雲大社の宮司は千家家が務める体制となり、一方の北島家は「出雲教」を興して今日に至っています(本院は出雲大社東側の北島國造館)。

源氏・平氏は?

源氏・平氏は、もともと皇族から分かれて与えられた「氏」=氏族名です。中世以降はその内部で○○家(例:足利家・新田家/伊勢平氏など)に分かれ、実務は「家」が担う――という構造になります。つまり、歴史を読むときは「氏 → 家(家流)」の階層で追うのがコツです。

最短まとめ

  • 古代:氏+姓(かばね)が政治の骨格 → 684年に「八色の姓」で再編。
  • 中世~近世:家が実務単位となり、苗字が定着。
  • 近代:1875年に苗字必称、1947年に華族・士族などの身分制度が廃止
  • 現在:法的な“氏族”は存在しない。ただし諏訪(守矢家)・出雲(千家・北島)のように社家の家筋としての継承は確認できる。