レバントを要の「北ルート」では、現生人類(Homo sapiens)がネアンデルタールと接触・交雑し、その後上部旧石器(UP)の技術と象徴行動が西ユーラシアへ広がった。 本稿は約5万〜3万年前をコアに、交雑の時期と場所の候補、IUP/EUPの技術相、定着の輪郭を俯瞰する。
30秒要点
- 交雑の核:ゲノムから、交雑は概ね~60–50 kaに起きた可能性が高い(個体差あり)。
- 地理候補:レバント回廊(シナイ〜カルメル)とカフカス周縁が有力な接触帯。
- IUP→EUP:ブレード/ブレードレット量産と象徴資料の増加=UP化が広域に可視化。
- 重層の時間関係:ネアンデルタールの最終期(~40 ka前後)とSapiensのEUP文化が時間的に重なる地域がある。
本論
1)交雑の時期・強さ・個体差
初期現生人のゲノム(例:Ust’-Ishim 個体 ~45 ka)は、ネアンデルタール由来片が長い=交雑からの経過時間が短いことを示す。 同期〜やや後代の個体(例:Oase 1)はさらに極めて近い世代のネアンデルタール祖先を持つ。 一方、現代人では割合が薄まるなど、導入後の希釈・選択・漂変が働いたと解釈される。
2) どこで交雑したのか(地理候補)
レバント回廊は、往還・再占拠が繰り返される接触帯として最有力。加えてカフカス周縁(黒海南縁〜コーカサス)も、北縁ルートの通路として検討対象。 気候の揺らぎに応じて「環境窓」が開く時期があり、接触機会を増やした可能性がある。
3)IUP→EUP:上部旧石器化の可視化
レバントのアフマリアン等のIUP/EUPに見られるブレード/ブレードレットの量産、ヨーロッパのオーリニャシアンに見られる象徴資料の厚みは、交雑後の定着とネットワーク拡大の指標として読むことができる(地域差に注意)。
4) 重層の時間関係(ネアンデルタール終焉との並走)
年代再評価により、~42–38 kaの範囲でネアンデルタールの終焉が進む一方、SapiensのEUP文化がヨーロッパ各地で展開したことが示される。 ただし地域ごとに時間差があり、単一波形ではない。
根拠と限界
- ゲノム一次資料:初期個体のイントログレッション片長と割合から交雑時期を逆算(A)。
- 地理解釈:レバント/カフカスが候補だが、単一地点に確定はできない(B)。
- 文化指標:IUP/EUPの技術・象徴は“到達後の様相”を示す補完証拠。地域差が大きく直線因果の証明は困難(B)。
- 年代モデル:放射性炭素の補正・層位の再検討で更新が続く領域。レンジ表現が妥当(B)。
確度(A/B/C)
※このサイトでは、資料の信頼度(A / B / C)を簡単なラベルで示します。
詳しくは 凡例:、資料の信頼度(A / B / C)へ →
- A 公的・一次級で直接確認(一次が複数一致でもA)
- B 複数一次情報からの強い推定(反論や未確定部分あり)
- C 仮説寄り(一次が乏しい/矛盾/作業仮説段階)
- 交雑の存在と概時:A(ゲノム一次級で強固)。
- 交雑の主窓が~60–50 ka:B(複数一次の整合、個体差・モデル差あり)。
- 交雑地の特定(レバント/カフカス):B–C(候補域は強いが単点確定は未到)。
- IUP→EUPの広域展開=定着とネットワーク拡大の指標:B(地域差を含む補完的解釈)。
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用語ミニ
UP化(上部旧石器化) | 中石器(MP/MSA)から上部旧石器(UP)への移行で見える、技術と行動の質的転換。目安は~5–4万年前に各地で可視化:規格的ブレード量産+象徴行動の頻度上昇。 |
IUP(初期上部旧石器) | 移行帯。レヴァロワ系の考え方を残しつつブレード化が本格化。診断の手がかり:Levalloiso-blade(移行的なブレード)や対向/単向の剥離、初期整形の痕跡など。概ね~50–45ka。 |
EUP(早期上部旧石器) | 確立段階。容量的(volumetric)ブレード/ブレードレットの量産が主流となり、装飾・顔料・骨角牙製など象徴行動の頻度が上昇。概ね~45–40ka以降。 |
ブレード / ブレードレット | ブレード=長さが幅の2倍以上の細長い剥片(縁がほぼ平行)。ブレードレット=その小型版。IUP〜EUPの判断材料。 |
オーリニャシアン | 約4.3–3.3万年前、ヨーロッパ各地に広がった上部旧石器文化。現生人類(H. sapiens)と一般に関連づけられる。 |
Ust’-Ishim 個体 | ウスチ=イシム個体は、シベリア西部(イシム川流域)で見つかった約4.5万年前(校正年代)の現生人類男性の大腿骨。 |
参考資料
- Green RE et al. 2010. A draft sequence of the Neandertal genome. Science
- Fu Q et al. 2014. Genome sequence of a 45,000-year-old modern human from western Siberia (Ust’-Ishim). Nature
- Fu Q et al. 2015. An early modern human from Romania with a recent Neanderthal ancestor (Oase 1). Nature
- Hublin J-J et al. 2020. Initial Upper Palaeolithic Homo sapiens from Bacho Kiro Cave, Bulgaria. Nature
- Higham T et al. 2014. The timing and spatiotemporal patterning of Neanderthal disappearance. Nature