グプタ朝は、 4〜6世紀の北インドを中心とする南アジアに活動した、 文芸・学術と通商が栄えた古代インドの王朝・帝国である。 マガダ(現在のビハール州)を基盤に台頭し、ガンジス流域から西インド・中部インドにかけて支配を拡大し、「インド古典文化の黄金期」として文学・数学・天文学・美術などに顕著な業績を残した。
クイック情報
| 別名・異表記 | グプタ帝国/古典期インド王朝 |
| 活動期 | 320〜550年頃(チャンドラグプタ1世〜ヴィシュヌグプタなど後期諸王) |
| 分類 | 帝国(王の中の王=マハーラージャディラージャを名乗る世襲王朝) |
| 勢力圏 | ガンジス中下流域(マガダ)を中核とし、北インド平原・中部インド・西インド(グジャラート〜マールワ)まで、時期によりデカン北部の一部にも影響を及ぼした。 |
| 終局 | 5世紀末以降、北西からのエフタル(インド・エフタル/フン族)の侵入や地方勢力の自立で領域支配が崩れ、6世紀半ばには北インド支配帝国としてのグプタ朝は解体したとみなされる。 |
| 影響 | インド数学・天文学(位取り記数法・円周率の近似など)、サンスクリット文学、石窟・石造寺院建築や仏像・ヒンドゥー像の造形様式、金貨を軸とした貨幣経済など、多くの要素が後世インド世界とイスラーム期に継承された。また、ペルシア湾・インド洋・東ローマ帝国との交易を通じて「インドの商品世界」を外部へ供給した。 |
| 特記事項 | 後世、「グプタ時代」は北インドにおける政治的安定と文化的開花が重なった時期として、古典期インド史の代表的な黄金時代とみなされる。 |
ミニ年表
| 320年頃 | マガダ地方の支配者チャンドラグプタ1世が即位し、「王の中の王(マハーラージャディラージャ)」を称してグプタ朝の帝国的支配が始まる。 |
| 335〜375年頃 | サムドラグプタが北インド平原からデカン北部まで軍事遠征を行い、多数の諸国を征服・朝貢関係下に置く。グプタ朝の領域拡大と威信上昇の時期。 |
| 375〜415年頃 | チャンドラグプタ2世(ヴィクラマーディティヤ)が西インドのサカ系王朝(西方クシャトラパ)を破り、グジャラート・サウラシュトラ地方を掌握。ウッジャインなど西側の商業都市を押さえ、ローマ帝国(後の東ローマ)との海上交易の利益を取り込む。 |
| 4〜5世紀 | 「グプタ文化」の開花期。アーリヤバタらによる数学・天文学の発展、サンスクリット文学や宗教彫刻の成熟が見られる一方、インド洋・ペルシア湾・東ローマ帝国との長距離交易も継続し、胡椒・絹・象牙などの高価な輸出品が知られる。易の結節点としての役割が強まり、インド洋世界との通商も展開された。 |
| 450年頃 | スカンダグプタの治世に、北西から侵入したフン族(インド・エフタル)との戦争が激化。撃退に成功するが、財政負担や地方勢力の自立を招き、帝国の基盤は弱まり始める。 |
| 6世紀半ば(c. 550年) | エフタルの侵入と地方王朝の台頭により、北インド支配を担う統一帝国としてのグプタ朝は事実上崩壊し、ヴァルダナ朝(プシュヤブーティ朝)など新勢力の時代へ移行する。 |
事績(特集へのリンク)
グプタ朝(インド洋交易を享受した古典期インド帝国)
西暦320〜500年ごろ、グプタ朝はガンジス流域と西インドの港市(グジャラート湾口など)を押さえ、胡椒や絹などの高付加価値品をインド洋航路で東ローマやペルシア湾方面へ送り出す側の「内陸〜湾岸ハブ」として機能した。
主要人物
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