ー日本列島への到来|氷期末のルート(西ルート)ー
氷期末(~30–12 ka)、海面が今より大きく低下し、朝鮮半島南端→対馬→壱岐→北部九州が「短距離の海峡+島伝い」で結びやすい時期がありました。後期旧石器のマイクロブレードなどの技術の広がりも、この西ルートの現実性を裏づけます。
※本稿は先史時代の内容です。「西海道」は便宜的な地理ラベル(=北部九州の広域)
30秒要点
- 環境窓:最終氷期最盛期〜退氷期の低海面(~120 m低下)により、対馬・壱岐が「足場」として機能。
- ルート像:釜山周辺 → 対馬 → 壱岐 → 唐津・玄界灘沿岸(北部九州)。全面陸橋ではなく短距離の渡渉が前提。
- 技術指標:マイクロブレードなど後期旧石器の技術が、九州北部でも確認される。
対応マップ
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#E65233:レイヤーは03
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です
本論
1)海面低下がつくる「島伝いの足場」
氷期には海面が大きく下がり、朝鮮半島~対馬~壱岐~九州の各距離がいまより短くなりました。とはいえ対馬海峡(朝鮮海峡)は深い区間もあるため、全面陸橋と考えるより、短距離の舟行や季節風・潮流を読んだ沿岸移動のほうが現実的です。
2)考古の“目印”:後期旧石器の技術
マイクロブレード(小さな刃を量産する技術)は、東アジア広域でLGM〜後氷期初頭に普及し、九州北部でもその系統の石器群が知られます。技術トレンドの同期は、人・知識・素材の往来を示唆します。
例:福井洞窟(長崎)などに後期旧石器〜縄文草創にかけての連続した堆積が見られ、技術の広がりと地域の継続性を示します。
根拠と限界
- 根拠:氷期の海面低下、対馬・壱岐を介した島伝い地理、九州北部の後期旧石器(マイクロブレード等)の存在。
- 限界:沿岸の遺跡は海没で見つかりにくい/渡渉の季節・具体航路は仮説段階。
確度(A/B/C)
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- A 公的・一次級で直接確認(一次が複数一致でもA)
- B 複数一次情報からの強い推定(反論や未確定部分あり)
- C 仮説寄り(一次が乏しい/矛盾/作業仮説段階)
- 低海面期に「島伝いの足場」が強化:B(地形・海面復元で整合)。
- 全面陸橋ではなく短距離渡渉:B(海峡の水深と地形に基づく)。
- 後期旧石器の技術拡散と西ルートの整合:B(地域資料の広域整合)。
参考資料
- Lambeck et al. 2014. Sea level and global ice volumes from the LGM to the Holocene(PNAS)
- Chang 2013. Human activity and lithic technology between Korea and Japan in the Upper Palaeolithic(Quaternary International)
- Lee et al. 2008. Paleo-Tsushima Water influx to the East Sea during the LGM(Quaternary International, PDF)