現生人類は、アフリカを出たのち「インド洋の縁」を沿って東進し、南アジア → 島嶼東南アジアを経て、最終的にオーストラリア・ニューギニアを含むサフル大陸に到達した──これが本稿で扱う「南ルート」仮説である。サフル最古級の年代と、ゲノムに刻まれたデニソワ人由来DNAは、このルートの現実味を補強する。
どのように進んだのか
1)サフルの年代
マジェドベ(豪・北部)からは石器群・顔料使用の痕跡とともに、光刺激ルミネッセンス(OSL)などによる年代評価で約6.5万年前が提案され、オーストラリア最古級の人類占拠として広く議論されている。これは「アフリカ出」と「到達」のタイムテーブルを前倒しにし、沿岸遷移の速度を再評価させた。
2)ゲノムから見る交雑
高被覆デニソワ・ゲノムの確立により、現代人集団(特にニューギニア・島嶼東南アジアの一部)にデニソワ由来のDNAが一定比率で残ることが精密に議論可能となった。さらに、交雑は一度ではなく少なくとも二度起きたとする解析が有力で、導入源となるデニソワ系統も複数系統に分岐していた可能性が高い。
3)ルートの復元(作業仮説)
紅海南端(バブ・エル・マンデブ)を抜け、アラビア縁辺とインダス〜デカン沿岸を東進、さらにスンダ陸棚の縁をたどってワラシアの島々をステップにティモール海を渡り、サフルへ至る。これは「インド洋縁辺の連続した資源パッチを渡り歩く」モデルと整合的であり、内陸ショートカットや季節利用の可能性も併存し得る。
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根拠と限界(エビデンスの当たり方)
- 考古(A〜B):マジェドベなどの年代は複数手法で吟味されつつ支持が拡大。ただし遺跡の空間分布は地域差が大きく、南アジア〜東南アジア側は湿潤環境ゆえ保存や露頭条件が厳しい
- 遺伝(A〜B):高被覆デニソワ・ゲノム(基準点)に対する現代人側のハプロタイプ検出・分節解析で「複数パルス」仮説が強化。交雑の地理的焦点はパプア・島嶼東南アジア周辺が有力だが、正確な場所と時期の特定は未解決。
- ルート再構成(B〜C):インド洋リム沿岸の「連続性」は理論的には妥当だが、実地の連続遺跡列はまだ疎。海面変動で失われた沿岸帯(現海底)に証拠が沈む課題が大きい。
確度(A/B/C)
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- A 公的・一次級で直接確認(一次が複数一致でもA)
- B 複数一次情報からの強い推定(反論や未確定部分あり)
- C 仮説寄り(一次が乏しい/矛盾/作業仮説段階)
- サフル側年代(A〜B)+デニソワ交雑(A〜B)で「南縁を介した東進」自体の妥当性は高い。
- 南アジア〜スンダ〜ワラシアの細部の踏破・停滞セグメントは証拠が不足し、ルート細線化はC領域が残る。
参考資料
- Clarkson, C. et al. (2017) “Human occupation of northern Australia by 65,000 years ago.” Nature.
Publisher page(要旨・図版) - Meyer, M. et al. (2012) “A High-Coverage Genome Sequence from an Archaic Denisovan Individual.” Science.
DOI / Publisher - Browning, S. R. et al. (2018) “Analysis of Human Sequence Data Reveals Two Pulses of Denisovan Admixture.” Cell.
Full text - Jacobs, G. S. et al. (2019) “Multiple Deeply Divergent Denisovan Ancestries in Papuans.” Cell.
Full text - Petraglia, M. D. (2010) “Out of Africa: new hypotheses and evidence for the dispersal of Homo sapiens along the Indian Ocean rim.” Annals of Human Biology(総説).
PubMed