ゲノムが示す南ルートの現実味—デニソワ交雑の証拠

化石は「点」を教えてくれますが、ゲノムは祖先の「通過・接触の帯」を映します。高被覆(high-coverage)デニソワ・ゲノムを基準に、現代人ゲノムに残るデニソワ由来DNAを読み解くと、オセアニア/島嶼東南アジアで濃い分布が見えてきます。これは、サフル到達の南ルート(ISEA〜ワラシア経由)の現実味を独立の証拠系で補強します。

30秒要点

  • “ものさし”の確立:デニソワ洞窟の指骨から30×級の高被覆ゲノムが再構成され、古DNAの比較精度が飛躍。
  • 分布の事実:パプア系・豪先住民・フィリピンの一部でデニソワ由来DNAが相対的に高い。
  • 交雑は複数回:少なくとも2回以上のデニソワ系流入が独立に推定される。
  • 化石の地理:シベリア(デニソワ洞窟)、チベット高原(下顎骨+洞窟堆積物DNA)など、生息域は広いが点的。

どう“南ルート”を後押しするのか

  • 高被覆ゲノム=精密な“照合テンプレート”:デニソワ洞窟の古DNAは、平均約30×で読まれ、現代人ゲノム中のデニソワ由来断片を高精度に拾い分ける基準点になりました(誤りが少なく、祖先帰属が安定)。
  • 「濃い帯」はどこにあるか:現代人の中で、パプア人・オーストラリア先住民・フィリピンのアエタ(Ayta Magbukon)などにデニソワ由来DNAが相対的に高い分布が観察されます。特にアエタではパプア系よりもさらに高いとの報告があり、島嶼東南アジア(ISEA)周辺での交雑を示唆します。
  • 交雑のタイミングと場所の含意:オセアニアで濃度が高く連続していることは、サフル到達前、すなわち東南アジア〜ワラシアの段階で交雑が起き、その後の人口規模や隔離の効果で割合が保たれやすかったシナリオと整合します(大陸側では希釈が進みがち)。さらに、少なくとも二系統以上のデニソワ集団からの流入が独立に推定され、“南域での交雑”を許す窓が複数あったことを示唆します。
  • 化石の“点”とDNAの“帯”をどう統合するか:化石(シベリアのデニソワ洞窟、チベット高原の下顎骨/洞窟堆積物DNA)は、デニソワ系の生息域を示す点的証拠です。一方で、現代人ゲノムの分布は、祖先の通過・接触帯を映す面の証拠です。両者をつなげると、「デニソワ系は東方にも広くいた」+「南側での交雑痕跡が濃い」という二段の合意が得られます。

確度(A/B/C)

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  • A 公的・一次級で直接確認(一次が複数一致でもA)
  • B 複数一次情報からの強い推定(反論や未確定部分あり)
  • C 仮説寄り(一次が乏しい/矛盾/作業仮説段階)
  • 「オセアニア/ISEAでデニソワ由来DNAが相対的に高い」事実はA。
  • 「交雑がサフル到達前の南側で起きた方が説明しやすい」はB。
  • 「交雑の正確な地点・回数」を一本化する試案はC(複数回説が優勢)。

参考資料

  1. Meyer, M. et al. (2012) “A high-coverage genome sequence from an archaic Denisovan.” Science.
    PMC(全文)。高被覆ゲノムの“ものさし”。
  2. Browning, S. R. et al. (2018) “Two pulses of Denisovan admixture.” Cell.
    PubMedFull text
  3. Jacobs, G. S. et al. (2019) “Multiple deeply divergent Denisovan ancestries in Papuans.” Cell.
    Full text
  4. Larena, M. et al. (2021) “Philippine Ayta possess the highest level of Denisovan ancestry.” Current Biology.
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  5. Chen, F. et al. (2019) “A Denisovan mandible from the Tibetan Plateau.” Nature & Zhang, D. et al. (2020) “Denisovan DNA in Baishiya cave sediments.” Science.
    NaturePubMed