コースタル・ハイウェイは実在?(沿岸遷移の可否を評価)

— 出アフリカ|南ルートとサフル到達(インド洋コースタル・ハイウェイ再点検)—

「海岸線に沿って一気に東進した」というシンプルな絵は魅力的ですが、証拠はより複雑です。本ノートは、気候の“窓”(Green Arabia 等)、沈水沿岸の保存バイアス、最小コスト経路モデル、そして地域ごとの一次考古資料を突き合わせ、コースタル・ハイウェイ像を“節点を連ねる複線モデル(寄り道したかも)”として描き直します。

※主分類=南アジア:跨域=海域ネット(+西アジア/東南アジア/大洋州は任意で追加)

本論:なにをどう“描き直す”か

1)「海岸一本線」→「節点連結」へ

インド洋縁の拡散は、紅海南端・マカラン海岸・インド西岸の潟・湧水・エスチュアリーなど資源パッチ(節点)を踏み、状況次第で内陸オアシスに入り込む複線として再構成するのが現実的です。海岸線の連続列が残らないのは、完新世の海面上昇で保存されにくいからです。

2)気候とタイミング

「いつ移動できたか」は気候制約が左右します。MIS 5・3に相当する湿潤期には、アラビアの湖・ワジ・湧水が増え、内陸の“迂回”も可能になりました。これは“海岸のみ”の必然性を弱め、節点間の選択肢を増やします。

3)経路モデルの示唆

Sunda→Sahulの最小コスト経路では、北回り(スラウェシ経由)と南回り(バリ→ティモール)がいずれも成立し、最終ボトルネックはティモール海の横断に集中します。これは“海岸線をなぞるだけ”では説明できず、節点から節点への航程設計が鍵だったことを示唆します。

4)地域一次資料での裏づけ

ティモールのジェリマライ/レイリでは、4.5–4.2万年前の占拠と外洋性魚・貝製鈎が報告され、沿岸適応+航海スキルの成熟を示します。これはコースタル・ハイウェイの最終区間が意図的な航海だった可能性を補強します。

5)では“コースタル・ハイウェイ”は棄却されるのか?

いいえ。海岸バイアスの修正と節点の明示により、海岸線を主要舞台としつつも内陸オアシスとのスイッチングを許す柔軟なモデルにアップデートすべき、という立場です。

対応マップ

このノート単体のピンはありません

初期表示レイヤー:01, 03, 04, 05, 06 / 版:v20250926

確度(A/B/C)

※このサイトでは、資料の信頼度(A / B / C)を簡単なラベルで示します。
詳しくは 凡例:、資料の信頼度(A / B / C)へ →

  • A 公的・一次級で直接確認(一次が複数一致でもA)
  • B 複数一次情報からの強い推定(反論や未確定部分あり)
  • C 仮説寄り(一次が乏しい/矛盾/作業仮説段階)
  • 「海岸・節点を活かした東進」という大枠はB、湿潤期の存在はA。
  • 「一本の連続海岸ルート」や「具体の連続点列」はC。

参考資料

  1. Petraglia, M. D. (2010) “Out of Africa: new hypotheses and evidence for the dispersal of Homo sapiens along the Indian Ocean rim.” Annals of Human Biology.
    Full textPubMed
  2. Boivin, N. et al. (2013) “Human dispersal across diverse environments of Asia during the Upper Pleistocene.” Quaternary International(総説).
    Publisher
  3. O’Connor, S. et al. (2011) “Pelagic Fishing at 42,000 Years Before the Present at Jerimalai, Timor-Leste.” Science.
    PubMed