前漢の史官・司馬遷が編んだ最初期の本格的通史。本紀・表・書・世家・列伝の五部で、 伝説期の黄帝から漢武帝期までを立体配置する人物中心の叙述が特徴。
基本情報
| 対象年代 | 伝説期(黄帝などの神話段階)〜前漢・武帝期(終点:紀元前87年)。 |
| 成立時期 | 前2世紀末の成立が通説。完成時期は「紀元前94年ごろ(有力)/紀元前85年ごろ(別説)」が知られ、 実務上は 前100±10年程度の安全表記を採用。 |
| 編者 | 司馬遷(前漢・史官〈太史令〉)。父・司馬談の構想を継ぎ、編年の整理と人物叙述を融合。 章末の「太史公曰」に史観・判断が凝縮される。 |
体裁・構成
| 本紀(12) | 王朝・君主中心の大勢。出来事の主線。 |
| 表(10) | 年表形式の整理。年代・系譜の早見。 |
| 書(8) | 礼・楽・律暦・天文などテーマ別概説。 |
| 世家(30) | 有力諸侯・家の歴史と位置づけ。 |
| 列伝(70) | 人物像・言行の叙述(名篇が多い)。 |
該当巻の例
『史記』秦始皇本紀
郡県制を全国に施行し、度量衡・貨幣(半両)・車同軌を統一。巡行と封禅で支配を可視化し、命令と徴発が中枢から末端へ直通する体制を固めた。
『史記』商君列伝 / 李斯列伝 / 蒙恬列伝 / 河渠書
始皇帝の下で、商鞅の制度基盤に李斯の標準化(書同文ほか)を重ね、蒙恬の直道・辺防と水利(鄭国渠)が連動。郡県制+標準化+幹線インフラが一体で機能し、広域支配を支える常設回廊が成立した。
『史記』匈奴列伝/『漢書』匈奴伝(上)
冒頓は父を弑して単于位に就き、諸部族を再編。白登山の圧力で漢の対匈奴政策を方向づけた。
『史記』匈奴列伝(前段)/『漢書』匈奴伝・地理志・食貨志
匈奴は冒頓の下で軍政を統合し、東胡・月氏を圧迫。前200年の白登山で高祖を包囲し、以後しばらく優位を保つ。
『史記』大宛列伝(張騫事)/『漢書』西域伝(張騫条)
張騫は前139年に初使、匈奴幽囚を経て西域の地理・勢力を報告。烏孫・大宛情報が河西開拓と対匈奴戦略の基盤となった。
『史記』衛将軍驃騎列伝/『漢書』霍去病伝
霍去病は六出北疆、祁連山経略と封狼居胥(前119)で匈奴を分断、河西の版図化を加速。
『史記』封禅書/『漢書』礼志・武帝紀
武帝期の国家演出を封禅を軸に描写。泰山封禅(前110)と諸祭祀の制度化が、対外遠征と歩調を合わせて帝権を象徴化。
主な注釈
- 裴駰『集解』(南北朝):先行説を蒐集・整理した基本注。
- 司馬貞『索隠』(唐):逸説・異本へ遡及し不足を補う。
- 張守節『正義』(唐):注釈の統合と整序。
- ※上記三書は後世に合刻され「三家注」と通称。
よくある誤解と注意
- 「本紀=皇帝だけ」ではない:夏・商・周の王も含む。列伝・世家と往復して読むのが前提。
- 「三家注=一冊の注書」ではない:本来は別著。北宋以降の合刻で一体に見える点に注意。
