【ソウル・実録】五大宮殿と宗廟を本当に歩いてみた|歴史ドラマの舞台を巡る旅

以前、【旅行ガイド】ソウル五大宮殿+宗廟:歴史背景を歩くという記事で、ソウルの歩き方を計画していました。

そして——実際に、行ってきました!

ソウル旅行に行く前は、景福宮(キョンボックン)、昌徳宮(チャンドックン)、徳寿宮(トクスグン)、宗廟(チョンミョ)…名前は聞くけれど「違いがよくわからん!」という状態だった私ですが、現地を歩き倒した今ではもうバッチリです😊

ですが、そんな大満足の歴史旅の裏側では、実はびっくり仰天のハプニングの連続でした(笑)。初日からいきなり景福宮などの主要な宮殿は定休日、名物グルメの食べすぎで胃は限界、韓国式バスルームに大あわて…。そんな「60歳・一人旅のリアルな失敗談」も、今回は包み隠さず書いています。

これからソウルへ行く方の役に立つ小ワザ(決済カードのこと)もセットでどうぞ!

30秒でわかる!WOWPASS と T-money の違い

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  • WOWPASS: 「お買い物用」(お店・コンビニ決済、現金引き出しもOK)
  • T-money: 地下鉄やバスに乗る「乗り物用」(日本のSuicaやICOCAと同じ)

💡 ココがポイント
最近は「WOWPASSにT-money機能が合体した一体型カード」もあるけど、その場合もそれぞれチャージ方法や残高は別々なので注意が必要です。

① 空港での落とし穴とチャージのリアル

仁川空港の到着口そばの機械では日本円のチャージができない

たまたま手持ちにあった「もらい物の6,000ウォン」をT-moneyに回して、なんとか空港を脱出しました。これがなければ、初っ端から空港でチャージ機を探し回るゾンビになるところでした……。

② 本格チャージはソウルに着いてから!…でもここに罠が?

ソウルのコンビニで日本円2万円をWOWPASSにチャージし、 T-moneyチャージや市場用に4万ウォンを現金で引き出しました。

⚠️ 後で知ったこと!
WOWPASSからの現金引き出しには、1回1,000ウォンの手数料がかかり、レートも高め。

💰 韓国でお得なお金の使い方

  • ⭕ 日本円 → WOWPASSチャージ
    手数料無料でレートも比較的良好
  • ❌ クレカ → WOWPASSチャージ
    約4%の手数料がかかる
  • ⚠️ WOWPASS → 現金引き出し
    1回1,000ウォンの手数料とレート高め

つまり、 WOWPASSはカード払いで使い切るのが一番お得 です。

T-moneyチャージや市場用の現金は?

💴 節約重視なら
日本円を持参して、明洞の両替所で両替するのがおすすめ。
⏰ 手軽さ重視なら
WOWPASSからまとめて引き出し、手数料は時間代と割り切りましょう。
結論
WOWPASSはカード決済用、現金は明洞で両替するのが最もお得でした。

③ T-moneyは「多めチャージ」が心の安寧

T-moneyへのチャージは「ウォンの現金」で、コンビニなどで行うのが基本
電車は改札で残高が見えますが、バスは乗る時に残高がわからない恐怖があります。T-moneyはコンビニでも使えるので、もったいぶらずに「多め」にチャージしておくのが旅を気楽にするコツです!

💡ちなみに、一体型カードなら「WOWPASS残高 → そのカードに付帯してるT-money」へお金を移せるそうです。

最後に役立つ!帰国時の最強裏ワザ

最終日の空港などのコンビニで、「WOWPASSとT-moneyの残高を全部使い切り、足りない分だけクレジットカードで払う」という必殺技が使えます。端数まできれいに使い切れるので、覚えておくとめちゃくちゃ便利です!

잔액 다 써주세요.(チャネッ タ ッソジュセヨ)
👉 訳:残高全部使ってください。
※これを言ってから、残りの分の現金やカードを差し出せば伝わります。

1日目|火曜定休の罠から始まった古宮はしご

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記念すべき初日。意気込んで向かった先で、いきなり出鼻をくじかれます。でも、その「予定外」が思わぬ当たりにつながりました。ソウルの古宮(王宮)を一気に巡った、濃い一日の記録です。

いきなりの洗礼|景福宮、まさかの火曜定休

最初の目的地は、もちろんソウル一の王宮・景福宮(キョンボックン)。ドラマで何度も見たあの場所へ——と勇んで向かったところ、まさかの火曜定休日。

⚠️ 火曜定休日の宮殿が多いので要注意です。

景福宮の正門・光化門の前に佇む霊獣ヘチ。せっかくなので記念に一枚撮影しました。

ドラマ『ヘチ』では第21代・英祖の若き日が描かれていますが、「不正を正す正義の心」の象徴が、この光化門の前に佇む霊獣ヘチです。でも、実は英祖が生きた18世紀前半、この景福宮はまだ焼け野原のままでした。

お隣の国立古宮博物館へーー入場無料

がっくりしたものの、景福宮の隣にある国立古宮博物館へ予定を変更しました。これが大正解。朝鮮王朝の王室にまつわる遺物がずらりと並んでいて、しかも入場無料。

仁川到着が11時、そこからなんだかんだでもう2時過ぎ、お腹ぺこぺこでした。


名物・参鶏湯と、完食の代償

遅めのお昼は、参鶏湯(サムゲタン)名店「土俗村(トソッチョン)」へ。
鶏のお腹にもち米や皮付きの栗、そして何より驚いたのが、ドラマでよく見るあの高麗人参が原型そのままゴロッと詰まっていること!ひと口ごとに「これが本場か…」と感動しきり!

ところが、ここで私の悪い癖が。
「もったいない精神」が発動し、旨味が詰まった大ボリュームのスープを丸ごと完食!その結果、このあと胃がじわじわと重くなっていくのです…

古宮はしご|徳寿宮・雲峴宮・昌慶宮

午後から夕方にかけては、ソウルの古宮を3つもはしご!
スマホでたくさん写真を撮ったのはいいけれど、帰国してから「あれ、どれがどの宮殿の写真だっけ……?」と本気でわからなくなる問題が発生。

大ピンチでしたが、AIの力を借りて、当時の記憶と写真が見事にバチッと整理できました😊

五大宮殿 ①:徳寿宮(トクスグン)ーー入場料1,000ウォン

  • 左上:宮殿の中に突如現れるギリシャ建築のような洋館「石造殿(ソクジョジョン)」
  • 右上:正門である「大漢門(テハンムン)」。守門将(スムンジャン)の交代儀式が行われる場所。
  • 左下:本殿である「中和殿(チュンファジョン)」へと続く道。
  • 右下:中和殿の内部にある王座(玉座)と、天井に彫られた一対の黄金の龍(双龍)です。
徳寿宮は、もともとは王族の邸宅でした。1592年の文禄・慶長の役で宮殿が焼失した後、避難先から戻った第14代・宣祖が使用したのが宮殿としての始まり。1897年大韓帝国成立後に第26代・高宗が本格的に整備、他の王宮とは一線を画す「激動の近代史(大韓帝国期)」の舞台です。

中和殿の天井にある「7本の爪を持つ黄金の龍」は、その象徴。清への配慮から通常は5本爪だった龍を、皇帝の権威を示す最高格の7本爪で彫り上げたのです。

後で知ったのですが、徳寿宮のすぐ脇に『トッケビ』の石垣道を歩く黄金ルートがあったんです。….行きたかった😂


番外編:雲峴宮(ウニョングン)ーー入場料無料

豪華な宮殿というより「立派な平屋のお屋敷」。朝鮮王朝末期の最高権力者・興宣大院君(フンソンデウォングン)の私邸で、その息子である第26代・高宗(コジョン)が12歳まで育った場所です。

右下は、「斥和碑(チョッカビ)」のレプリカです。
洋夷侵犯 (洋夷(西洋勢力)が侵入してきた時)非戦則和 (戦わずに和平を結ぶということは)主和売国(国を売り飛ばすのと同じ大罪である!)と書かれています。
興宣大院君が「絶対に鎖国する!西洋には屈しない!」と強い決意でこれを全国に建てました。

五大宮殿 ②:昌慶宮(チャンギョングン)ーー入場料は1,000ウォン

昌慶宮は、韓国時代劇ファンにとっては涙なしには語れない、ドロドロの愛憎劇と悲劇が最も多く起きた場所。『イ・サン』の父である思悼世子(サドセジャ)の米びつ餓死事件や、『トンイ』で繰り広げられた側室たちの激しいバトルもここが舞台です。

  • 左上は、「明政殿(ミョンジョンジョン)」へと続く石畳の道(御道)です。現存する王宮の本殿の中では、ここが韓国最古の建築です。
  • 右上は、宮殿の中から見た昌慶宮の正門「弘化門(ホンファモン)です。
  • 右中央は、「大温室(テオンシル)」です。1909年に建てられた韓国初の洋風温室です。
  • 右下は、昌慶宮の正門「弘化門(ホンファモン)」ソウルタワー(Nソウルタワー)が遠くに見えています。
第9代・成宗が3人の大妃のために整備した宮殿ですが、日本統治時代には動物園や植物園が設けられ、「昌慶苑(チャンギョンウォン)」と格下げされた呼ばれ方でした。

左下の明政殿の内部にある王座(玉座)の背後の「日月五峰図(イルウォロボンド)」は、左右に太陽と月(王と王妃)、中央に5つの峰と2筋の滝、そして手前に松が描かれた屏風です。

昌慶宮は、夜間観覧(常に21時まで開場)が楽しめる人気のナイトスポットなんです。

本当は、ライトアップされた古宮の夜景も見たかったのですが…..


夜景を諦めた、一人旅のリアルな判断

参鶏湯でやられた胃はどんより重く、体力も限界。「無理せずホテルに帰る」という、体調最優先の判断をしました。

2日目は朝から夜まで、古宮づくし。切ない王妃の伝説が眠る山との出会いも含めて、たっぷりお届けします。

2日目(午前)|漢江の朝から景福宮と”七日の王妃”の山

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朝、まず向かったのは念願の漢江(ハンガン)。汝矣島(ヨイド)の漢江公園です。…と言うとロマンチックですが、きっかけは、5時前に目が覚めたけど「ホテルにコーヒーが無かった」から。

漢江の朝|コーヒー一杯を求めて

一杯のコーヒーを求めて遠出しました。川べりのカフェでコーヒーとケーキをゲット!広い川を眺めながらのモーニング、最高の気分でした。

朝の光に包まれた穏やかな空気の中、気持ちのいい一日のスタートとなりました。

じっくり今日1日の計画を練り、まずは景福宮の西側にある、マニアックすぎる場所へ向かいます。


社稷壇・檀君聖殿・仁王山

外側から社稷壇(サジクタン)を覗きました。

これは朝鮮王朝の王様が「土地と穀物の神様」に、豊作と国の平和を祈った神聖な祭壇です。
これから行く宗廟と社稷壇はセットのイメージで、宗廟が「ご先祖さま(人間)」を祀る場所なら、社稷は「自然の神さま」を祀る場所です。

パネルの内容
社稷壇は、土地の神である「社(サ)」と、穀物の神である「稷(ジク)」に祭祀(さいし・お祭り)を執り行っていた場所である。伝統社会において「社稷」は、「宗廟(チョンミョ)」とともに国家の根本を象徴しており、朝鮮建国後、太祖(テジョ)は都を漢陽(ハニャン:現在のソウル)に移すと、1395年に景福宮の東側に宗廟を、西側に社稷壇を設置した。社稷壇には、東側に社壇(サダン)、西側に稷壇(ジクダン)を配置したが、2つの壇の形と大きさは、一辺が $7.65\text{m}$ の正方形で、高さは約 $1\text{m}$ である。壇の周囲には「壝(ユ)」と呼ばれる低い塀を巡らせ、さらに四方に4つの「神門(シンムン)」を設置した塀で囲むことで二重の塀とし、その外部に祭祀の準備のための付属施設を置いた。しかし、1910年前後に日帝によって祭祀が廃止された後、付属建物が撤去され、2つの壇だけを残した状態で公園(社稷公園)として造成された。1963年に史跡に指定された後、1980年代に塀や付属施設の一部を復元し、1988年からは全州李氏大同宗約院(王室の末裔の団体)によって、社稷大祭(サジクデジェ)が毎年挙行されている。

社稷壇の裏手にある、石垣の坂道をトボトボと登っていくと


檀君聖殿(タングンソンジョン)から見上げる仁王山(インワンサン)

写真右上の坂ををトボトボと登り、文字通り『国を開いた神様』を祀る檀君聖殿(タングンソンジョン)に到着します。見上げれば、時代劇の背景でお馴染みの仁王山(インワンサン)の雄々しい岩肌が青空に映えていて、ソウルの中心地とは思えない風景です!

檀君(タングン)は、韓国・韓民族の神話上の始祖。日本でいえば天照大御神(あまてらすおおみかみ)のような存在でしょうか!?

ドラマ『七日の王妃』のモデル、端敬王后が宮殿を追われて仁王山のふもとで暮らし、岩の上にチマを広げて王へ無事を伝えたといわれます。この切ない恋物語から、「仁王山のチマ岩(チマバウィ)」の伝説が生まれました。

次は、前日リベンジ、守門将交代式の時間にあわせて景福宮へとむかいます。


景福宮と守門将交代式

守門将交代式

私が景福宮に到着したのは午前9時45分頃。すでに多くの観光客でにぎわっており、守門将交代式は人の隙間からのぞき込むようにして見学しました。

守門将(スンドゥンジャン)交代式とは?
朝鮮王朝時代に王宮の正門を守っていた守門軍の勤務交代を、歴史考証に基づいて再現した伝統行事です。

  • 景福宮(光化門) 10:00 / 14:00(毎週火曜日休み)
  • 徳寿宮(大漢門) 11:00 / 14:00(毎週月曜日休み)

※上記は「コネスト」掲載時点の情報です。王宮守門将交代儀式は、天候や行事などの事情により中止や時間変更となる場合があります。お出かけ前には最新情報をご確認ください。


五大宮殿 ③:景福宮(キョンボックン)ーー入場料は3,000ウォン

五大宮殿の中で、ユネスコの世界文化遺産に登録されているのは昌徳宮だけです。

昌慶宮が「プライベートな悲劇(家族間のドロドロ)」なら、
景福宮は「オフィシャルな大勝負(国を揺るがす大事件)」の舞台です。

  • 右上:慶会楼(キョンフェル)
    池に浮かぶように建てられた王室の宴会場。48本の巨大な石柱が支える景福宮屈指の名建築です。
  • 左上:白岳山(北岳山)
    風水的に王宮へ良い気を送るとされた聖なる山。1968年の北朝鮮による青瓦台襲撃未遂事件以降、長く立ち入りが制限されていました。
  • 左下:勤政門(クンジョンモン)
    正殿・勤政殿へ続く正門。中央は王、東は文官、西は武官と通る門が厳格に決められていました。
  • 右中:勤政殿(クンジョンジョン)
    景福宮の中心となる正殿。王の即位式や外国使節を迎える重要な儀式が行われました。
  • 右下:光化門(クァンファムン)
    景福宮の正門。この写真は、門の内側から撮影したものです。
景福宮は、1395年朝鮮王朝の創始者・太祖・李成桂によって建てられました。しかし1592年の文禄・慶長の役で焼失後(第14代・宣祖の時代)、なんと270年間も放置。ようやく19世紀に興宣大院君によって強行再建されました。

実はドラマでおなじみの第15代・光海君の時代にも再建の機会はありました。『宮殿建築と風水マニア』だった光海君ですが、風水的に『景福宮の跡地は縁起が悪い!』と消極的で、代わりに昌徳宮や昌慶宮の復旧、新しく慶熙宮(キョンヒグン)の建設を優先します。その結果、戦争で疲弊した国の財政負担はさらに重くなりました。

『270年の放置』の裏には、国が滅びかけるほどの財政難がありました。王様たちは昌徳宮をやりくりして使いながら、焼け野原になった景福宮をずっと見上げていたのです。

次は、そのまさに約270年の間、政治の中心として使用された昌徳宮(チャンドックン)へ向かいます。

2日目(午後)|昌徳宮・宗廟ーー世界文化遺産ツアー

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昌徳宮と、後苑(フウォン/シークレットガーデン)ツアー

昌徳宮(チャンドックン)は、五大宮殿の中で唯一ユネスコの世界文化遺産なんです。そして、ここの最大の見どころが、人気の後苑(フウォン/シークレットガーデン)ツアーです。

五大宮殿 ④:昌徳宮(チャンドックン)ーー入場料は3,000ウォン

景福宮が焼失していた約270年の間、王たちは昌徳宮を政治の中心として使用しました。例えば『イ・サン』や『トンイ』で描かれる数々の出来事は、実際には昌徳宮の正殿・仁政殿を舞台に繰り広げられました。

  • 右下:昌徳宮の正門(敦化門)をくぐった先にある「広大な前庭と槐木」
  • 右上:仁政門(インジョンモン
    本殿である「仁政殿」の正面に構える正門です。景福宮の「勤政門」と同じように真ん中が王様専用、右が文官、左が武官用でした。
  • 左上・左下:仁政殿(インジョンジョン)とその内部
    玉座の後ろにカーテンが下がっていたり、天井に電球やシャンデリアの器具が見えたりして「大韓帝国期の近代化の波」のディテールがよく分かります!
昌徳宮は、第3代・太宗(テジョン)が1405年に建てた宮殿です。

太宗は即位前、「王子の乱」と呼ばれる激しい権力闘争を景福宮で繰り広げました。そのため、景福宮には複雑な思いがあったとも言われており、新たな離宮として景福宮の東側に昌徳宮を建設したとされています。

その後、1592年に景福宮が焼失してから約270年間再建されなかったので、その間は昌徳宮が朝鮮王朝の中心宮殿として機能し続けました。

次は、予約していた午後1時30分からのツアーに参加するため、昌徳宮の後苑(フウォン/シークレットガーデン)へ向かいます。


後苑(フウォン/シークレットガーデン)ツアーーー5,000ウォン(予約が必要)

世界遺産・昌徳宮の奥に広がる美しい王室の庭園「後苑」。ここは自然保護と制限のため、自由観覧は一切できず、ガイドツアーへの参加が必須となっています。

ネット予約は開始と同時に数分で売り切れるほどの超・狭き門!「ソウル旅行が決まったときには、もう満席で絶望した…」という声もよく聞くプラチナチケットでが、「日本語枠のツアー」は意外にも空きがあり、私はすんなり事前予約できました。

  • 左上段:宙合楼(チュハプロ)と魚水門(オスムン)
    正祖が若い学者たちと議論を交わした王室図書館・奎章閣(キュジャンガク)。魚水門には「王と民は水と魚のように支え合う存在」という政治理念が込められています。
  • 左下段:芙蓉亭(プヨンジョン)
    宙合楼のふもとにある芙蓉池に建つ小さなユニークな造りの東屋。
  • 右上段:演慶堂(ヨンギョンダン)
    『雲が描いた月明り』の主人公のモチーフ、孝明世子が建てた邸宅風の建物。王宮建築でありながら、あえて丹青を施さない質素な造りが特徴です。ここで王様の長寿を願って自作のダンスを披露したと言われています。
  • 右下段:不老門(プルモン)
    一枚岩をくり抜いて造られた石門。「くぐると長寿に恵まれる」という言い伝えがあります。
  • 中下段:暎花堂(ヨンファダン)
    暎花堂の前の庭で、科挙(官僚登用試験)の最終試験が行われた。多くの若者がここで人生を懸けた挑戦に臨みました。
  • 右中段:観纜亭(クァンラムジョン)
    池にせり出すように建つ、韓国で唯一の扇形の東屋。自然の地形を生かした美しい建築です。

約1時間の大満足のツアーが終わり、私は少し駆け足気味で宗廟へ向かいました。

最後の目的地、宗廟へ

ここでひとつ注意点があります。宗廟は、曜日によっては自由見学ができずガイドツアーへの参加が必須になります。私が訪れた水曜日もその対象日で、決められた時間のツアーに参加しなければ中へ入れません。 この日最後の15時40分の回にギリギリ間に合いました。

宗廟ガイドツアーーー1,000ウォン

宗廟(チョンミョ)は、朝鮮王朝の歴代の王たちが眠る神聖な場所で、こちらもユネスコの世界文化遺産です。派手な色塗りをいっさい排除し、木と石のモノトーンだけで作られた荘厳な空間です。

  • 上段:正殿(チョンジョン)
    全長約101メートル!歴代の王を祀るため横へ横へと増築され、圧倒的な長さを誇る宗廟の象徴です。
  • 右下:三道(サムド)
    真ん中(神道)は王たちの神霊が通る道。そのため人は歩いてはいけないという、宗廟ならではのルールがありました。
  • 左下:香大庁(ヒャンデチョン)周辺
    王は祭礼の前にここで身を清め、心を整えてから儀式に臨みました。
宗廟にはお写真上段の「正殿」のほかに、すぐ近くに「永寧殿(ヨンニョンジョン)」があります。

メインの「正殿」にいる王様
朝鮮王朝の歴史の中で、「特に偉大な功績を残した王様・王妃様」(太祖、太宗、世宗、正祖など)が祀られています。

別館の「永寧殿」にお引越しした王様
功績が比較的少なかった王様や、在位期間が短かった王様、そして崩御したあとに追尊された(王の称号を後から贈られた)方々。ここには最後の皇太子ご夫妻(李垠・李方子さま)も含まれています。

ちなみに、正殿と永寧殿、それぞれに眠るお位牌の合計は、なんと「83人(位)」になります。

こうして、ソウル五大宮殿+宗廟+社稷壇を回る「朝鮮王朝の聖地の旅」は完結したと思っていました。….しかし帰国後、私は驚愕の事実を知ることになります。

夜の市場で、トドメの一撃

夜は、東大門市場・広蔵(クァンジャン)市場へ繰り出し、名物の緑豆チヂミに挑戦!

……したものの、前日の参鶏湯から続く胃の疲れに、ここでついにトドメの一撃をうけ💧

この一撃は、次の目的地・安東でも影響することになりました😂


60歳・一人旅3つのリアルな失敗

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その1|ソウル五大宮殿で取りこぼしたーー慶熙宮(キョンヒグン)

「五大宮殿、ちゃんと回ったはず!」

そう思っていたのですが、実際には雲峴宮を勝手に五大宮殿メンバーに加えてしまい、肝心の慶熙宮をすっかり忘れていました💦

後で気づいたときは、自分でも思わず「あれ?」となりました。

ちなみに、慶熙宮(キョンヒグン)は17世紀、光海君がこの地に宿る「王の気」を感じて建てたと伝えられる宮殿です。かつては広大な規模を誇りましたが、日本統治時代に大部分が失われ、現在は一部が復元されています。

その2|韓国式バスルームの洗礼

ホテルにチェックインして、初めて出会ったのが「シャワー・トイレ一体型」の韓国式バスルーム。日本のような浴槽や、シャワーを仕切るカーテンがなく、トイレも洗面台もぜんぶ同じ空間にギュッとまとまっています。韓国のホテルやゲストハウスでは、わりとよくあるタイプです。

何も知らずにシャワーを浴びたら、どうなるか。便座もトイレットペーパーも、床のスリッパも、ぜんぶ水浸し。「どうしたらいいの〜!」と一人パニックになりました。同じ目に遭わないよう、対策をまとめておきますね。

① シャワー前に、トイレットペーパーを避難させる。部屋に持ち出すか、ビニール袋をかぶせておけば、濡らさずにすみます。これがいちばん大事。
② 便座が濡れたら、避難させておいたペーパーで拭き取る。これが韓国流の使い方なのだそうです。

「そういうものだ」と分かっているだけで、ぐっと気がラクになりますね。


その3|下痢止めより、胃薬を持て

1日目の参鶏湯を完食し、2日目の緑豆チヂミでトドメ——そう、私の胃は、ずっと悲鳴をあげていました。そこで得た、声を大にして言いたい教訓がこれです。

海外旅行の常備薬といえば「下痢止め」を思い浮かべがちですが、韓国で本当に出番が多いのは“胃薬”でした。太田胃散やパンシロン、液体の胃腸薬。あれをカバンに忍ばせておけば、と何度思ったことか。

なぜか。韓国グルメは、とにかく量が多くて、油もたっぷり。食べたいのに、胃が重くて食べられない」——これほど悔しいことはありません。


2日で、ソウルの主だった古宮をほぼ(笑)制覇した、濃密な旅の記録でした。

(付録)結局、五大宮殿の違いって?

  • 景福宮:国家を揺るがす大事件の舞台
  • 昌徳宮:王朝の実質的な本拠地
  • 昌慶宮:王室のプライベートな悲劇の舞台
  • 徳寿宮:大韓帝国最後の夢の舞台
  • 慶熙宮:今回の私の取りこぼし(笑)

ソウルを満喫した私は、次の街、安東へと向かいました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
おつかれさまでした 🍵

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