幕末の有名人といえば、坂本龍馬、西郷隆盛、吉田松陰……。でも、2027年の大河ドラマの主人公は、そのだれでもありません。
小栗忠順(おぐり ただまさ)。「小栗上野介(こうずけのすけ)」とも呼ばれる、幕府側の役人です。
名前を聞いてもピンとこない人がほとんどだと思います。私もそうでした。それもそのはず。この人は、明治の世で「逆賊」とされ、長いあいだ忘れられていた人物だからです。
この記事の結論(3行)
- 小栗忠順は、幕府の中から日本を近代化しようとした役人
- 横須賀製鉄所をつくり、のちの日本海軍の土台を残した
- 明治の直前に、取り調べもないまま斬首された。理由は今もはっきりしない
小栗忠順とは?3行でわかるプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生没年 | 1827年〜1868年(満40歳で斬首) |
| 身分 | 旗本(将軍に直接仕える家臣) |
| おもな役職 | 勘定奉行(いまの財務大臣のような役)、外国奉行、軍艦奉行など |
| 代表的な仕事 | 横須賀製鉄所の建設、日本初の株式会社「兵庫商社」の設立 |
| 最期の地 | 上野国 権田村(いまの群馬県高崎市倉渕町) |
大河ドラマ『逆賊の幕臣』の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 放送開始 | 2027年1月10日(NHK総合) |
| 小栗忠順役 | 松坂桃李 |
| ライバル・勝海舟役 | 大沢たかお |
| 脚本 | 安達奈緒子(『おかえりモネ』など) |
大河ドラマ風・全4話のあらすじで見る小栗の人生
小栗の人生を、ドラマのあらすじのように4話に分けてみました。
第1話:アメリカから持ち帰った1本のネジ(1860年)
日米修好通商条約の批准のため、幕府はアメリカへ使節団を送ります。小栗は、その使節団の監察役(目付)として海を渡りました。
アメリカの造船所で、小栗は工業の力の差を見せつけられます。そして帰国するとき、1本のネジを持ち帰ったと伝えられています。そのネジは、いまも小栗の菩提寺・東善寺(群馬県高崎市)に残っています。
「なぜネジだったのか」を書いた記録は残っていません。でも、帰国後の小栗の行動を見ると、その答えが見えてきます。
第2話:横須賀製鉄所と「土蔵付き売り家」(1865年〜)
帰国した小栗は、フランスの協力を得て、横須賀に製鉄所(造船所)をつくり始めます。技術面を担ったのは、フランス人技師のヴェルニーでした。
莫大なお金がかかるこの計画には、反対の声もありました。そこで小栗が言ったと伝わるのが、こんな言葉です。
幕府がこの先どうなっても、製鉄所ができていれば「土蔵付きの売り家」として、日本の役に立つ。
つまり、「幕府のためだけではなく、次にこの国を引き継ぐだれかのためにつくるのだ」という考えです。
小栗はこのほかにも、日本初の株式会社「兵庫商社」の設立、本格的なホテル「築地ホテル館」の建設、幕府の西洋式陸軍の整備などを進めました。
第3話:徹底抗戦を訴え、罷免される(1868年)
1868年、新政府軍と旧幕府軍の戦い(戊辰戦争)が始まります。
小栗は、海と陸から新政府軍を迎え撃つ作戦を主張したと伝わります。しかし将軍・徳川慶喜は戦わない道を選び、小栗は役職を解かれました。
小栗は江戸を離れ、自分の領地である権田村(いまの群馬県高崎市倉渕町)へ移ります。
第4話:取り調べもないまま斬首、そして37年後の日本海海戦
権田村に移ってわずか2か月ほど。新政府軍がやってきます。
小栗は武器を差し出し、養子を証人として送りましたが、聞き入れられませんでした。1868年閏4月6日、小栗は烏川(からすがわ)の河原で、家臣とともに斬首されます。満40歳でした。翌日には、養子の又一も斬首されています。
それから37年後の1905年。日露戦争の日本海海戦で、日本の連合艦隊はロシアのバルチック艦隊を破ります。連合艦隊を率いた東郷平八郎は、この勝利は小栗が横須賀製鉄所をつくってくれたおかげだと感謝を示した、と伝えられています。
なぜ処刑されたのか?──理由ははっきりしない
ここが、いちばん気になるところだと思います。
結論から言うと、はっきりした理由はわかっていません。いくつかの説があります。
| 説 | 内容 |
|---|---|
| 武器を持っていた | 大砲2門・小銃20挺を持っていた |
| 兵を集めていた | 村の農民に訓練をさせていた |
| 埋蔵金を隠した | 「徳川の埋蔵金」を隠したという噂 |
ただ、きちんとした取り調べもないまま、急いで処刑されたことはたしかです。そのため、「新政府軍は、はじめから小栗を殺すつもりだったのでは」と見る人もいます。
「薩長が恐れて消した」は本当?
ネットやドラマ風の解説では、「有能すぎた小栗を、薩長が恐れて消した」という話をよく見かけます。
物語としてはとてもおもしろいのですが、そう言い切れる証拠はありません。
処刑を命じたのは、新政府軍のうち中山道ルートで江戸へ向かった部隊(東山道軍)の司令部です。この部隊は公家をトップに、土佐や薩摩などいろいろな藩の人たちで成り立っていました。そのため、「薩長が殺したというのは言いすぎだ」とする意見もあります。
「勝った側が書いた歴史」をうのみにしないのと同じように、「消された天才」という物語も、少し距離をおいて読むのがよさそうです。
「逆賊」から「明治の父」へ──評価が変わってきた理由
明治の世では、小栗は幕府側の「逆賊」でした。そのため、長いあいだ名前が表に出ることはありませんでした。
それでも、小栗を高く評価した人たちがいます。
- 大隈重信(のちの総理大臣):「明治政府の近代化政策は、ほとんど小栗の構想をまねしたものにすぎない」という意味のことを語ったと伝わります
- 司馬遼太郎:小栗を「明治国家の父の一人」と評価しました
そして2027年、ついに大河ドラマの主人公になります。小栗の評価は、150年以上かけて少しずつ変わってきたのです。
大河の前に読みたい本
| 本 | どんな人向け |
|---|---|
| 村上泰賢『決定版 小栗上野介 隠された悲劇の幕臣』(平凡社新書) | 小栗の菩提寺・東善寺のご住職が書いた本。最初の1冊に |
| 岩下哲典『小栗忠順と幕末のインテリジェンス』(NHK出版新書) | 著者は大河ドラマの時代考証の担当者。ドラマの予習に |
| 童門冬二『小説 小栗上野介 日本の近代化を仕掛けた男』(集英社文庫・上下巻) | 小説で物語として読みたい人に |
| 山内昌之『小栗上野介忠順』(文春新書) | 2026年11月20日発売予定。じっくり読みたい人に |
まとめ:小栗忠順を知るための3つのポイント
- 小栗は、幕府の中から日本を近代化しようとした役人
- 横須賀製鉄所という「土蔵」を、次の時代に残した
- 処刑の理由ははっきりしない。「消された天才」という物語も含めて、疑いながら見るのがおもしろい
大河ドラマが始まったら、小栗がどう描かれるのか。史実とくらべながら見るのが、今から楽しみです。
