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韓国時代劇でわかる朝鮮の屏風の読み方

韓国の時代劇を見ていると、王が座る玉座の背後に、必ず同じ絵の屏風が立っています。

赤い太陽と白い月。真ん中に5つの山。手前に松の木と、流れ落ちる滝。

どのドラマでも、どの時代でも、まったく同じ絵です。

これは美術スタッフの手抜きではありません。そうでなければならない決まりがあったからです。

この屏風の名前と意味を知っておくと、時代劇の画面がまるで違って見えてきます。

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まず前提──朝鮮王朝の美意識は「引き算」

その前に、ひとつだけ土台を置かせてください。

高麗時代のやきものは、緑に輝く青磁に模様がびっしり入った、足し算の美でした。ところが朝鮮王朝に入ると、真逆になります。

高麗(〜1392)朝鮮王朝(1392〜)
国の背骨仏教儒教(朱子学)
やきもの青磁。華やか白磁。何もない白
好まれた美装飾・技巧質素・簡素
家具装飾を施す木目をそのまま見せる

国が宗教を乗り換えたとき、美意識ごと入れ替わったわけです。

代替わりした家が「余計なものは置かない」方針に変えた、というところでしょうか。

ところが、そんな引き算の社会にあって、屏風だけは饒舌です。理由は簡単で、屏風は「飾り」ではなかったからです。

日月五峰図──王がそこにいるという看板

玉座の背後の屏風を、日月五峰図(イルォロボンド)といいます。

景福宮・勤政殿の玉座と、背後に立つ日月五峰図の屏風
景福宮・勤政殿の玉座。背後に日月五峰図。左に白い月、右に赤い太陽、中央に5つの峰、手前に松と滝。

描かれているものは決まっています。

描かれるもの意味とされるもの
赤い太陽と白い月陽と陰。王と王妃を表すともいわれる
5つの峰国土そのもの。東西南北と中央
2本の松変わらないもの
滝と波絶えることのないもの

太陽と月が同時に出ている風景は、現実にはまず見ません。つまりこれは風景画ではなく、「変わらない世界の中心に王がいる」ということを示す図案です。

そしてここが面白いところなのですが、

この屏風は、王がいない場所にも置かれました。

王の肖像画の後ろにも、王が儀式で使う建物にも立てられます。屏風そのものが「王の座」を意味していたからです。

言ってしまえば、王の不在を埋める看板でした。社長がいなくても社長席があるように、王がいなくても王の場所は示される。

もし韓国の1万ウォン札を持っていたら、見てみてください。

世宗大王の背後に、この日月五峰図が描かれています。

いまも国の最高位を示す図案として、現役で使われているわけです。

屏風は「絵」ではなく「メッセージ」

日月五峰図がそうであるように、朝鮮の屏風は眺めて楽しむものではありませんでした。何を願うか、何を大事にするかを掲げるものです。

代表的なものを並べます。

名前描かれるものどんな場面で
日月五峰図太陽・月・5つの峰王のみ。玉座の背後
冊架図本棚と、本・文具・骨董書斎。教養の誇示
文字図「孝・悌・忠・信」などの漢字子どもの部屋。しつけ
十長生図松・鶴・亀・鹿・岩・水など10種還暦の祝い。長寿の願い
花鳥図鳥のつがい、花婚礼。夫婦円満の願い

つまり、その部屋に何の屏風が立っているかで、そこが何をする部屋かがわかるのです。

花と鳥が描かれた朝鮮半島の8曲1隻の屏風
屏風(朝鮮半島・19〜20世紀/東京国立博物館 東洋館)。赤い地に花と鳥が並ぶ。

祝いの席には長寿の屏風、婚礼には鳥のつがい、子ども部屋には漢字。贈り物としてもよく使われました。

現代でいえば、結婚祝いに時計を贈るとか、新築祝いに絵を贈るとか、そういう感覚に近いのかもしれません。ただ朝鮮の場合、意味のほうが絵より先に立っている点が違います。

冊架図──本棚を描いた、だまし絵の屏風

個人的にいちばん面白いと思うのが、冊架図(チェッカド)です。

何を描いた屏風かというと、本棚です。

棚がびっしり並び、そこに本が積まれ、隙間に硯、筆、水滴、花瓶、果物、骨董品が置かれている。それだけの絵を、屏風いっぱいに描きます。

しかもこれ、遠近法と陰影が使われていて、立体的に見えます。 中国経由で入ってきた西洋の描き方が取り入れられているのです。だまし絵に近い効果があって、部屋の壁が本当に本棚になったように見えます。

水滴(朝鮮時代・19世紀/東京国立博物館 東洋館)。硯に水を差すための道具。犬や鳥、桃のかたちに作られる。冊架図の棚の隙間に描かれるのは、こういうものたち

なぜこんなものが流行したのか。

18世紀、正祖(チョンジョ)がこれを奨励したからです。学問を重んじた王で、自ら宮中に置いたと伝えられます。

ここで、朝鮮の支配層である両班(ヤンバン)の性格を思い出してください。

両班とは?わかりやすく解説|日本の貴族・武士と何が違うのか韓国の時代劇を観ていると、必ず出てくる言葉があります。 両班(ヤンバン)。 黒い笠をかぶって、ゆったりした上着を着て、道の真ん中を歩いている人たち。庶民は道の端…
日本の武士朝鮮の両班
身分の証筆と硯
出世の道家柄・戦功科挙(試験)
部屋に飾るもの武具本と文房具
朝鮮時代の硯と硯台
硯と硯台(朝鮮時代・19世紀/東京国立博物館 東洋館)。展示解説には、両班のなかでも儒教的な教養のある人物を「ソンビ」といい、簡素な美意識の文房具を書斎に揃えて思索や書画・詩文に親しんだ、とある。

本を持っていることが、いちばんの自慢だった社会です。

そして本は高価でした。全部は揃えられない。そこでどうしたか。

本棚の絵を飾ったのです。

書斎の壁に本棚の写真を貼るようなもので、少し可笑しみがあります。ただ同時に、この社会が何をいちばん尊いと考えていたかが、はっきり出ている屏風でもあります。

王宮から民家へ降りていく

ここまでの屏風は、王と両班のものでした。

ところが19世紀になると、同じ図案が庶民の家にも広がります。これを民画(ミンファ)といいます。

宮廷の絵師が描いたものではないので、線は素朴です。虎はなぜか猫のような顔になり、鶴は首が長すぎたりする。

でも、そこがいい。上手に描くことより、意味を届けることのほうが大事だったからです。

長寿を願う。子どもの無事を願う。悪いものを追い払う。願いの中身は、王宮のものとまったく同じでした。

同じ図案が、宮殿から民家まで降りていった。 朝鮮の屏風の面白さは、この一点に尽きるかもしれません。

おわりに

朝鮮の屏風は、風景でも装飾でもなく、言葉の代わりでした。

王の場所を示す。学問を尊ぶと表明する。長生きしてほしいと願う。それを絵の形にして、部屋に立てておく。

次に韓国の時代劇を見るとき、玉座の後ろを見てください。赤い太陽と白い月、5つの峰。 王が画面から消えても、あの屏風だけは残っているはずです。

そこが王の場所だ、という意味だからです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍵