朝鮮王朝を描いたドラマを観ていると、ふと「これ、どういうこと?」と気になる場面に出会います。党争、王様同士の関係、あの戦——。そんな「もうちょっと知りたい」を掘り下げたコラムを、ここに集めました。
気になったものから、どうぞ寄り道していってください。新しいコラムも、少しずつここに増やしていきます。
🕓 更新日:2026年7月28日
寄り道記事の一覧
朝鮮の派閥争いは、大きく前後編に分けると一気に分かりやすくなります。
- 【前編】勲旧派 vs 士林派(世祖〜明宗)。 四大士禍で士林が叩かれ続けた時代。
- 【後編】朋党政治(宣祖〜正祖)。 勝った士林が、今度は内部で分裂していく時代。
【前編】「勲旧派」と「士林派」。この対立は燕山君のあとも、明宗の代まで4度の士禍となってくり返されます。
朝鮮王朝の系図(太祖〜明宗)|勲旧派vs士林派と四大士禍・派閥争いの原点初代・太祖から第13代・明宗まで——13人の王の系図と、のちの党争につながる「派閥のはじまり」を一枚にまとめました。 韓国時代劇を観ていると当たり前のように出て…
【後編】ドラマを観ていると当たり前のように飛び交う「南人」「西人」「老論」「少論」——この呪文のような言葉たちの正体。
宣祖→光海君→仁祖→孝宗→顕宗→粛宗→景宗→英祖→正祖|トンイ・イ・サンの時代!系図と朋党政治早わかりガイド朝鮮王朝の時代を描いたドラマを観ていて、「南人(ナミン)」「西人(ソイン)」、あるいは「老論(ノロン)」「少論(ソロン)」といった言葉が出てくるたびに、「なにそれ?」と思ったことはありませんか?
こうした派閥対立の大きな転換点となったのが、第14代王・宣祖の時代です。ここから、朝鮮王朝における長い党争の歴史が本格的に始まっていきます。
「王位は嫡長子が継ぐ」——儒教国家・朝鮮王朝が掲げた大原則。ところが519年・27人の王のうち、ルール通りに即位できたのはたった7人でした。
27人全員の「王様になれた事情」を6色に色分けして一覧に。眺めるだけで、ドラマがなぜ毎回「跡継ぎ」で揉めるのかが見えてきます。
【朝鮮王朝】理想と現実のギャップ!「長男が王位を継ぐ」ルールを守れた王は何人いた?韓国時代劇を見ていると、必ずもめるのが「次の王様は誰か」問題。 朝鮮王朝には「王位は正室の長男が継ぐ」というはっきりしたルールがあったはずなのに、ドラマでは毎回…
日本では「文禄・慶長の役」として、時代劇でもさらっと触れられがちなあの戦。
でも海を渡った先の朝鮮王朝にとっては、国のかたちを揺るがす7年におよぶ大事件でした。
壬辰倭乱(文禄・慶長の役)とは?宣祖・李舜臣・豊臣秀吉を日韓両視点でわかりやすく韓国時代劇を見ていると、よく耳にする「壬辰倭乱(イムジンウェラン)」という言葉。これは日本でいう「文禄・慶長の役(豊臣秀吉による朝鮮出兵)」のことです。 日本の…
光海君を退けた政権が掲げた「明への忠義」。その名分を貫いたキム・サンホンとチェ・ミョンギル。しかし、その信念は皮肉にも国を苦境へと導いていく――
映画『天命の城』で籠城の最中に激しく対立する2人の重臣。その信念のちがいがどこから生まれたのかを、「13年前」の彼らの姿からたどってみます。
映画『天命の城』のあのシーンを「13年前」から見たら映画『天命の城』のクライマックス。降伏文書をめぐって、二人の重臣が壮絶にぶつかり合います。 降伏文書を「書いた者」チェ・ミョンギルと、それを目の前で「破り捨てた…
