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夢遊桃源図とは?奈良に眠る国宝に刻まれた安平大君と仲間たちの運命

今回は、美術ファンや韓国時代劇ファンなら絶対に知っておきたい、一枚の絵画に秘められた、恐ろしくも切ない人間ドラマをご紹介します。

その絵の名は『夢遊桃源図(ムンユトウォンド)』

いま、日本の奈良県にある天理大学附属天理図書館に所蔵されている、韓国の超・国宝級の最高傑作です。

なぜこの絵が、これほどまでに人々の心を揺さぶるのか。それは絵の美しさだけではありません。「かつて同じ理想を夢見た仲間たちが、のちに血で血を洗う敵味方に分かれていく」という、あまりにもドラマチックな運命が、この一枚に刻まれているからです。

『夢遊桃源図』とは?——風流の王子が見た「理想郷」

物語の始まりは1447年。朝鮮王朝・第4代王、世宗(セジョン)大王の時代です。

📚 そもそも世宗大王って、どれくらいすごい人?

朝鮮王朝には27人の王がいましたが、「大王」と特別に呼ばれるのは、実はたった一人。それがこの世宗(セジョン)大王です。いまでも韓国の1万ウォン札に描かれているのは、この世宗の顔。

ハングルを作り、科学を発展させ、国を豊かにした——。よく聞く「朝鮮王朝の黄金時代」というのは、だいたいこの人の時代のことを指しています。その黄金時代のすぐあとに、これからお話しする悲劇が起きる。この落差こそが、物語をより切なくしているのです。

世宗の三男である安平大君(アンピョンデグン)は、詩や書道を愛する風流人として知られていました。ある夜、彼は美しい桃源郷(とうげんきょう=理想郷)を旅する、不思議な夢を見ます。

目覚めた安平大君は、その感動を忘れないうちにと、宮廷画家の安堅(アン・ギョン)を呼び寄せ、夢の光景を描かせました。安堅は、わずか3日でこの大作を描き上げたといわれています。

絵の完成に歓喜した安平大君は、当時の最高峰の知識人たちを招き、絵の余白に感想や詩(賛文=さんぶん)を書き添えてもらいました

そこに名を連ねたのは、世宗が作った天才研究機関「集賢殿(チッピョンジョン)」の若い学者たちや、国を支える名将・重臣たち、約20名。まさに「当時のドリームチーム」が勢ぞろいし、ひとつの絵を囲んで、理想の世について語り合ったのです。

ちなみに、世宗が学者たちとハングルを作り上げていく、この時代の宮廷の空気は、ドラマ『根の深い木』で描かれています。

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運命を狂わせた「癸酉靖難」——王位をめぐる兄弟の対立

しかし、この平和で風雅な時間は、長くは続きませんでした。

名君・世宗が亡くなり、後を継いだ長男(文宗=ムンジョン)も、わずか2年で病死。残されたのは、たった12歳で即位した幼い王・端宗(タンジョン)でした。

この幼い主をめぐって、朝廷は激しい権力闘争に巻き込まれていきます。

【首陽大君(スヤンデグン)派】
世宗の次男。野心家で、力ずくで実権を握ろうとする。

【端宗(タンジョン)守護派】
安平大君(三男)や、金宗瑞(キム・ジョンソ)ら重臣。幼い王を守り、王朝の正統性を貫こうとする。

そして1453年、首陽大君が先手を打ち、クーデター「癸酉靖難(ケユジョンナン)」を起こします。昨日まで仲間だった者たちが、一夜にして「殺す側」と「殺される側」に引き裂かれたのです。

このクーデターを背景に、世祖の娘と金宗瑞の息子の悲恋を描いたのが、ドラマ『王女の男』です。史実を知ってから観ると、二人の恋がどれほど過酷な運命の中にあったかがわかって、いっそう切なく感じられます。

🩸 王位を「奪う血」は、一代とばして受け継がれた?

ここで、ちょっと不思議な符合(ふごう)をひとつ。

この兄弟のおじいさん、第3代・太宗(テジョン)もまた、兄弟を倒して王位を手にした人でした(→「王子の乱」)。力ずくで王座をつかんだ王様です。

そして時は流れ、その孫にあたる世宗の次男・首陽大君(後の世祖=セジョ)が、今度は幼い甥っ子から王位を奪います。おじいさんは兄弟を、孫は甥を——。血を流して王座をつかむ気質が、まるで一代とばして甦ったかのようなのです。

いっぽうで、同じ世宗の息子でも、三男・安平大君が愛したのは「桃源郷」という、おだやかな理想の世界でした。同じ血を引く兄弟なのに、かたや力を求め、かたや美を求める。この対照的な二人が、避けようもなくぶつかっていく。

——『夢遊桃源図』という一枚の絵は、その運命の分かれ道を、そっと見つめていたのかもしれません。

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『夢遊桃源図』に名を遺した者たちの「その後」

『夢遊桃源図』に詩を寄せた人々は、このクーデターでどのような運命をたどったのでしょうか。同じ絵を囲んで理想を語り合った仲間たちの、その後の運命は大きく分かれていました。

人物立場その後の運命
安平大君
(アンピョンデグン)
夢の主(世宗の三男)兄・首陽大君に謀反の罪を着せられ、江華島(カンファド)へ流罪ののち賜死(しし=毒殺)
金宗瑞
(キム・ジョンソ)
端宗を支えた大将軍クーデターの夜、首陽大君の刺客により、最初に暗殺される
朴彭年
(パク・ペンニョン)
集賢殿の学者端宗の復位を企てるも失敗。「死六臣(サユクシン)」の一人として処刑
申叔舟
(シン・スクチュ)
集賢殿の学者首陽大君側につきく。のちに「変節者」とも称される葛藤の人物
鄭麟趾
(チョン・インジ)
集賢殿の学者首陽大君のクーデターを支持し、功臣として出世を果たす
金時習
(キム・シスプ)
文人・文学者官職を捨てて僧になる。「生六臣(センユクシン)」の1人

絵の中で同じ桃源郷を称え合っていた仲間たちが、数年後には「毒殺」「暗殺」「処刑」「裏切り」という、惨絶な結末を迎えることになりました。

『夢遊桃源図』は、まだ誰一人として血を流していなかった「奇跡の瞬間」を、そのまま閉じ込めた一枚だったのです。

特に心を打つのは、集賢殿の同僚であり、親友同士だった朴彭年(パク・ペンニョン)申叔舟(シン・スクチュ)の対比です。

死六臣として死を選んで忠節を貫いた朴彭年と、生き残って実務の道を選んだ申叔舟。同じ絵に感想を書き添えた二人が、正反対の運命をたどりました。

⚔️ 「死六臣」——命を懸けて忠義を貫いた6人

世祖が幼い端宗から王位を奪ったあと、「これは間違っている」と、命がけで端宗を王に戻そうとした人たちがいました。その中心となった6人が、のちに「死六臣(サユクシン)」と呼ばれ、今も韓国で”忠義の象徴”として語り継がれています。

成三問(ソン・サムムン)、朴彭年(パク・ペンニョン)、河緯地(ハ・ウィジ)、李塏(イ・ゲ)、兪応孚(ユ・ウンブ)、柳誠源(ユ・ソンウォン)。多くが、あの世宗の集賢殿でハングル創製に関わった、優秀な学者たちでした。

1456年、彼らは世祖を暗殺して端宗を復位させる計画を立てますが、仲間の密告で発覚。世祖みずからが指揮する拷問を受けても、成三問は最後まで世祖を「王」とは認めませんでした。全員が処刑されても、その信念は折れなかったのです。

端宗(タンジョン)への忠義を貫きながらも、官職を捨てて生き抜いた6人もいました。彼らは「生六臣(センユクシン)」と呼ばれます。

🖋 「もやし」になった男——申叔舟

申叔舟(シン・スクチュ)は、外交官として日本にも渡っていて、死の間際に「日本と仲良くしてね」と遺言を残したそうです。世宗に「この国にはなくてはならない人物だ」と言わしめたほどの人物です。

首陽大君側につき、かつての仲間が処刑されていく中で生き延びます。その後は領議政(総理大臣に相当)まで登りつめ、第9代・成宗の時代まで権力を握り続けました。

傷みやすくて、すぐダメになってしまう緑豆(りょくとう)のもやし。これを韓国語で「スクチュナムル」と呼ぶのですが、その名前、実はこの申叔舟から来ているといわれています。

「あいつは、もやしみたいにすぐ変節(へんせつ=心変わり)した」——。仲間を裏切って生き延びた彼への皮肉が、500年以上たった今も、食卓のもやしに残っているのです。

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なぜ奈良に?日本にある理由と、話題の映画化

この朝鮮王朝の最高傑作が、なぜ日本の天理大学附属天理図書館にあるのでしょうか。

確実な記録は残っていませんが、1592年の文禄・慶長の役(ぶんろく・けいちょうのえき=壬辰倭乱/イムジンウェラン)の際に、日本へ渡ったとされています。その後、明治・大正時代を経てコレクターの手を渡り、最終的に天理図書館の所蔵となりました。

韓国にとっては「喉から手が出るほど取り戻したい、幻の絵」。過去に韓国で特別展示された際には、数時間待ちの大行列ができるほどのフィーバーとなりました。

そして今、このドラマチックな歴史背景をテーマにした韓国映画『夢遊桃源図』が制作され、公開が待たれています。監督は『タクシー運転手 〜約束は海を越えて〜』のチャン・フン。首陽大君をキム・ナムギル、安平大君をパク・ボゴム、画家・安堅をイ・ヒョヌクという豪華キャストが演じます。「異なる理想郷を追い求めた兄弟の対立」——映画を観る前にこの絵の背景を知っておくと、何倍も深く作品を味わえるはずです。

おわりに:絵の裏にある「人間の業」を感じて

奈良の静かな図書館に眠る『夢遊桃源図』。そこには単なる風景画を超えた、「夢を語り合っていた頃の若者たちの情熱」と、「避けられなかった悲劇の予感」が、今も静かに息づいています。

美術品を観るとき、その裏にある歴史や人間のドラマに思いを馳せてみると、いつもの鑑賞がぐっと味わい深いものになりますね。いつか天理で、この「夢の跡」を、この目で拝んでみたいものです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍵